4コマ 自分を取り戻すたび こなつ5か月の思い出

妊産婦の死因のトップが、自殺であるというニュースを見ました。

私は産後うつとまではならなかったけれど、それでもホルモンの脅威というか、大きな波のようなものを一度体験しているので、スルー出来ない報道です。

私の場合、臨月から産褥期の頭の中は、基本はお花畑で、赤子のお世話に関しては、体が勝手に動くという感じ。基本はハイの状態です。

でも、なんでもないような喜怒哀楽が、全部涙につながる。とにかくすぐ泣けました。

可愛くても泣けるし、夫の些細な一言でも傷ついて泣ける。それでも、こなつが泣けば、体は動く。

ただ、赤子の世話とは正反対に、普段簡単にできていたことが、全然できませんでした。

洗濯や料理の家事、パソコンで写真のデータを整理する、ニュースを理解する、頂いた出産祝いのお返しを選ぶ、そういうことに、とにかく時間がかかって、歯がゆさを感じていました。

里帰りから帰れば、赤子と二人きりの膨大な時間が待っていて、我が子が可愛いというのが唯一の命綱、みたいな感覚にも襲われました。

「産後我が子を可愛いと思えない。」という話を聞いたことがあったので、そういう人たちは、どれだけ闇の中にいるのだろうか、と心配になったりしました。

少しばかりの体の不調で、同じ産婦人科を受診しても、「それが母親になるっていうことです。」と一蹴する医者もいれば、「無理やりにでも旦那さんに休暇をとってもらって、一日休んだ方が良い。」と親身になってくれるお医者さんもいました。

前者のこういう言葉一つが、今回のニュースに繋がっている気がします。

私はそこで落ち込みすぎないで済んだので、少ずつ夫がこなつのお世話をできるようになって、時々無理にでも自分一人の時間を確保していました。

それに対しては、夫が嫌な顔をしたことはありません。いつでも快く送り出してくれて、今も時々そういう日があって、本当に感謝しています。

当たり前だとは思わない。産前から伝えていたことを、理解してくれてありがたいです。

自分を取り戻す旅は、所詮近くのゲオで済みます。20冊借りても1000円。

私の「自分」って、いったい…。

でも、すごく、特にあのころの私には、すごーく、大切な時間でした。

近所にある託児所がボロボロで、怖くて、頑なに、夫以外に子供を預けることをしなかった2年間。

最近になって、ようやく、少し離れた大きな保育園の、一時保育の話を聞きに行きました。

そしたら園と保護者のホウレンソウもすごくしっかりしていて、先生も優しそうで、驚きました。1か月前の予約が必要で、急な預かりには対応していないけれど、レジャーなどの自己都合でも、月に2回、預かってもらえる。こういうところをもっと利用すればよかったな…と思いました。今更利用することもないだろうけど、あのころ、夫に頼るより、気が楽だったかもしれない。

漫画を読む、買い物に行く、テレビを見る。

それだけのことが、ゆっくりできないあの期間。

そんなこと、今はしたいとすら言うべきでない、我慢するのが当然、と思わないでほしい。本人も夫も。

むしろ「そんなこと」で、取り戻せる自分がある。

簡単には言えないけれど。アドバイスなんてできないけれど。お疲れ様、しか言えないけれど…。

私はあのころ、2~3か月に一度、ゲオへの旅千円也、に助けられていたのです。

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